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【特別ルポ】救急医療の最前線(1) 葛藤と戦う医師「助けることを仕事にしているのに…」地域医療の“最後の砦”では今

暮らし

2025/05/26 23:00

福岡市の中心部、天神にある済生会福岡総合病院。救急車のけたたましいサイレンの音が聞こえてくると救命救急センターの空気が一気に張り詰める。非番にもかかわらず1本の電話を受け、息を切らして駆けつけた男がいた。久城正紀(くじょう・まさのり)医師だ。
「ストレッチャー動きますよ!」救急隊の鋭い声が飛ぶ。
「心臓が止まったのは10分前くらい?」久城医師が尋ねる。
「20分前くらいですね」
運ばれてきたのは交通事故で重度の外傷を負った患者。すでに心肺停止状態だった。

「1、2、3…」心臓マッサージのリズムが刻まれる。「開胸しますんで左の腕を上げてください!」「ルート取れてるんですか?」医師や看護師たちの声が交錯し、手術室は戦場と化す。心臓を直接マッサージするため開胸手術が行われる。だが…。
「やめていいよ、やめて」久城医師の低い声が響いた。「もういい、もうこれ穴開いている、裂けている…」大動脈の致命的な損傷。なすすべはなかった。

不慮の事故などの外傷で命を落とす人は全国で毎年2万人以上にのぼる。

「救急車で運ばれてきた時にしゃべれていて、呼吸があったりしてた人が、自分が診ている30分ぐらいの間に死んでしまうことがあるわけですよ」久城医師は、唇を噛みしめる。「助けることを仕事としているのに目の前で人が亡くなっていくっていうのは、なかなかしんどいですよ」。

その悔しさと使命感が久城医師を突き動かしていた。
外傷は出血箇所によって治療のアプローチが異なり、そこに骨折や脳の損傷などの状態が複雑に絡み合う。「どの損傷をどの順番で処置したらこの患者さんが助かるだろうという治療の戦略を決めるのがすごい難しい」と久城医師。重度の外傷診療は、頭部、胸部、腹部、骨盤など、各分野の専門医との連携が不可欠だ。

しかし、そうした負傷者に備えて24時間365日、常に十分な医師の数をそろえられる医療機関は日本ではごくわずかにすぎない。
その1つが千葉県にある日本医科大学千葉北総病院。ドクターヘリを擁し、ドラマや映画の「コード・ブルー」のモデルにもなった日本屈指の外傷診療体制を誇る病院だ。
久城医師はかつて7年間この病院に勤務し、フライトドクターなどとして研鑽を積んだ。外傷診療に必要な救急医が20人以上も所属し、久城医師は「外傷の専門の勉強をしたい」との一心で、技術と知識を吸収した。福岡に戻った今も、嘱託医として定期的に足を運び、その理想の形を追い求めている。
「だいたいヘリって5分で15キロ行くんですよ」と地図の前で久城医師が説明する。「そのエリアの外傷の患者さんを北総病院に集める」。久城医師は千葉北総病院の充実した組織や体制を福岡に持ち帰り、地域医療の向上につなげたいと強く願っていた。
久城医師が千葉北総病院を訪れていたこの日、茨城県内で男性が高所から転落したという救急要請のホットラインが鳴り響いた。フライトチームの医師たちが、患者のもとへドクターヘリで急行する。

現場近くに着陸した医師たちが救急隊から患者を引き継ぎ、初期治療を始めたころ、病院の一室では、複数の医師がモニターを食い入るように見つめていた。そこには、現場の医師が装着したカメラからの映像がリアルタイムで映し出されている。

「患者さんの状態をみて、これはやばいなと思ったら、病院側では手術の準備とか人を集めるということをする。フライトチーム自体は現場の診療に専念するんです」と久城医師は説明する。

患者は骨盤骨折の疑いがあった。多くの病院では救急医が診断した後、専門医に引き継ぐのが一般的だが、千葉北総病院では異なる。初期の段階から骨盤治療の専門医が対応できるよう、病院側は即座に準備を始める。血管が多い骨盤の負傷は対応が遅れれば出血多量で死に至る危険性が高い。

患者は病院到着するとすぐに手術室へと運ばれた。命を救うため、1分1秒も無駄にしない。それが千葉北総病院の哲学だった。
「1秒にこだわるというコンセプトがかなり強くあって。ドクターヘリ、病院に着いてから手術、一連の流れをなるべくシームレスにしようという風なコンセプトがきれいに出来上がってまして。福岡に帰ってきて、少しでも還元できれば」。

負傷者の状況を速やかに共有し、最適な治療体制を瞬時に構築するーー久城医師はこの理念を福岡という土地に合った形で根付かせようと、模索を続けている。

「北総病院のあり方を違う県とか町でそのままフィットさせるわけではなくて、どういう形であれば地域に貢献できるかっていう考え方を、まずは自分の施設でちゃんと考えて、消防や警察の方とかみんなでどうするかというのを話し合っていくのが大事だと思います」

千葉北総病院近くの居酒屋でグラスを傾ける久城医師の姿があった。傍らには骨盤骨折の手術にあたった中村周道医師がいた。彼もまた福岡出身で、久城医師の後輩にあたる。

「久城先生が『一緒に北総で勉強して九州に帰ろう』と言ってくれて、全然縁もゆかりもない千葉に来たんです。今後10年とか20年とか、九州の医療に貢献していく、一緒に貢献していきたいなと思っています、今も」。中村医師の瞳には、先輩と同じ熱い想いが宿っていた。
外傷の医療をより発展させ、1人でも多くの命を救う。久城医師とその志に共感する仲間たちの模索と挑戦は今も続いている。彼らの情熱が、福岡の、そして九州の未来の医療に確かな光を灯そうとしていた。

※この記事は2025年2月13日に放送した内容を再構成したものです。年齢や肩書等は当時のままです。この記事の動画はYouTube「福岡TNCニュース」(https://www.youtube.com/watch?v=ZOyqbEnX8nM)でご覧いただけます。

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地域医療の最後の砦で闘う久城医師。「本当に助けられなかったのか」「自分じゃなければ…」正解が分からない葛藤のなか、救命と向き合い挑戦し続ける久城医師の姿を追ったドキュメンタリー番組が制作・放送されます。

ナレーションを担当したのは女優の伊藤沙莉さん。FNSドキュメンタリー大賞ノミネート作品『命のスキル~ひとりの救急医の選択~』は5月29日(木)24時15分からTNCエリア(福岡・山口)で放送です。
 

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