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【特別ルポ】救急医療の最前線(2) 眠らない救命救急センター「少しでも貢献できれば」福岡で活躍する救急医の“使命”

暮らし

2025/05/27 20:00

街が浮かれ立つ年の瀬。福岡市・天神にある済生会福岡総合病院の救命救急センター。2023年の大みそかもこの場所はいつもと変わらぬ緊張感が支配していた。
「救急車、来たよ」
声が交わされ、ストレッチャーが運び込まれる。心肺停止の患者だ。心臓マッサージが続けられる。
「心臓マッサージ、代わりましょうか」
「移します、いきます、1・2・3」
すぐにモニターが取り付けられ、医師たちが懸命に蘇生措置を施す。
「リズムチェック」
「asystole(心静止)です」
短いやり取りの後、医師が静かに告げる。
「やめます」
医学的な判断が下された。
この日、当直を務めるのは救急医の久城正紀(くじょう・まさのり)医師。その表情は穏やかだが、視線は鋭い。彼は千葉県の病院で7年間、空飛ぶ救命医「フライトドクター」などとして活動し、その後福岡に戻った。ドラマ「コード・ブルー」の医療指導にも携わり、災害医療でも数々の現場で活動してきた14年目の医師だ。
「ドクターヘリで搬送し、すぐに手術をして患者さんを助けるというコンセプトのところで勉強してきました。福岡は地元ですから、少しでも貢献できればと考えています」。その言葉からは故郷への愛情と救急医療にかける情熱が見える。
けたたましく電話が鳴る。
「済生会病院です」「どれくらいで着きますか」
状況を聞き取ると、久城医師はすぐに脳神経外科の医師にも協力を要請。まもなくすると、高所から墜落して頭部に大けがをした患者が心肺停止の状態で運ばれてきた。すでに脳神経外科医も治療室に待機している。久城医師はじめスタッフが患者を取り囲み、さっそく処置を始めた。
「アドレナリン行きます」
「CPR(心肺蘇生)しながら頸椎固定してレントゲン撮ろう」
救急医は単に救命処置を施すだけでなく、患者の状態を的確に見極め、さまざまな専門の診療科と連携する役割を担う。このため済生会福岡総合病院では、内科、循環器内科、脳神経外科などの医師が当直体制を敷き、チーム医療で命の危機に立ち向かう。

処置からまもなくして患者の心拍は再開した。
久城医師が振り返る。
「最初に重症患者が来ると分かったとき、大勢のスタッフが一気に集まって対応したでしょう?あれがすごい大事なんです。患者が来てから頭のけがだから脳外科の先生を呼んで…なんてことをしていたら、全てが後手に回ってしまう。手術などを一緒に協力してみんなでやる。それが結局、患者さんのためになるし、我々のスキルアップにもつながる。救急チーム全体の医療レベルを上げていくんです」。

その後、緊急手術が行われ、患者は一命を取り留めた。


時計はまもなく0時を回り、新年を迎えようとしていた。
「ああ、あけましておめでとうございます、ですね」
久城医師は張り詰めた表情をわずかに緩めた。年越しは瞬く間に過ぎていった。
夕食にありつけたのは、午前1時をとうに過ぎてから。手にしたのはインスタントのカップうどんだった。
「そばじゃないんですか?」
と尋ねると、
「そば、あんまり得意じゃないんで。年越しそばって、そばが得意じゃなくてもみんな食べるもんなんですかね?」
と笑う。
「終わったら、お寿司とか食べたいっすね」
そんなささやかな願望を口にするが、その顔には疲労の色が隠せない。
「大みそかは、僕以外はうちの実家でいとこたちと遊んでいるんですよ。去年の今ごろですか?…覚えてないですね。こんな感じだったと思います。年末年始は働く時期なんで毎年こんな感じですよ」
話している最中にも電話が鳴る。遅い夕食を中断し電話を取る。
「済生会病院です」
新たな受け入れ要請の電話だ。仮眠を取るひまなど、あるはずもなかった。
「本当にラストスパートですね」
もうすぐ朝がやって来る。水を一口飲み、久城医師はつぶやく。処置を終えた患者は集中治療室へ移され、治療が続けられる。この日、済生会福岡総合病院に搬送されてきたのは12人。久城医師は夕方に運ばれてきた敗血症の高齢患者のことが気がかりだった。敗血症は細菌やウイルス感染が全身に広がり、多臓器不全に至りかねない危険な状態だ。
そしてその懸念は、現実のものとなった。患者の容態が急変し、心臓が停止。けたたましくアラームが鳴り、病棟に再び緊張が走る。救命治療が続けられる。そして…、心拍が再開した。時刻は午前5時を回っていた。

「ご高齢でいろいろと基礎疾患などもあるので予想以上に状態が一気に悪くなって、急に心臓が止まったんだと思います」久城医師は、淡々と状況を分析する。
当直は午前8時半までだ。しかし患者への対応は昼近くまで続いた。

「自分が今しないといけないのは、勤務が終わったら休むことだと思っています。休んで、夕方や夜にまたサポートが必要になるかもしれない。次に備えることが大事ですね」

ひたむきに命と向き合う久城医師。その言葉にはプロフェッショナルとしての冷静さと、変わらぬ使命感がにじんでいた。


※この記事は2024年1月4日に放送した内容を再構成したものです。年齢や肩書等は当時のままです。この記事の動画はYouTube「福岡TNCニュース」(https://www.youtube.com/watch?v=ZXtRqkzR9NU)でご覧いただけます。

※ ※ ※

地域医療の最後の砦で闘う久城医師。「本当に助けられなかったのか」「自分じゃなければ…」正解が分からない葛藤のなか、救命と向き合い挑戦し続ける久城医師の姿を追ったドキュメンタリー番組が制作・放送されます。

ナレーションを担当したのは女優の伊藤沙莉さん。FNSドキュメンタリー大賞ノミネート作品『命のスキル~ひとりの救急医の選択~』は5月29日(木)24時15分からTNCエリア(福岡・山口)で放送です。

 

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